今、一躍話題の人となっているクルム伊達公子さん。
彼女は私より1歳年上の同年代。
我々の年代は所謂団塊ジュニアであり、人口構造的に仲間が多く、これからも頑張らなければならない世代であり、老けこむ事が許されない世代である。
何せ尻すぼみ式に後輩が少ないのだから、先輩がたが今の我々と同じくらいの年齢の時に「私たちは年よりだから」などと言いながら後輩達に任せていた事など、今、我々は概ね自分でやらなければならない状況であろう。
ドラマのシーンなどで後輩OLなどに「これコピーとっといて」などと言いながら、さっと書類を差し出すシーンがあるが、私たちの同級生に、果たしてあのようなシーンを実際の職場で再現できる身分の者がどれ程いるだろうか?おそらくそう多くはいないだろう。
年功序列では人口構造的にまだまだ若輩であるためであり、実力(成果)主義をとる会社では、みんながライバルなのだから後輩に雑用をさせるなどもっと考えにくい。
まあ、コピーくらい自分ですればよかろう。だいたい若者に雑用ばかりさせようという先輩方の根性がいけないと当時から思っていたのでこれはよしとする。
しかし、永遠の若手(単に私の出世が遅いという突っ込みはご遠慮願いたい)である我々世代も、やはり体力の衰えは感じているはずだ。
30歳を過ぎたばかりの時は、まだまだ大丈夫だなと思っていたし、20代の時と比較して、徹夜仕事や夜遊びなどで多少無理がきかなくなったかなと思う程度で、衰えたという実感は無かった。
35歳を過ぎたあたりから、「あれ」と感じることが多くなった。
奥さんや彼女から加齢臭の指摘を受るのもこのあたりからだ。
体力、気力の衰えとともに、顕著なのが「脳の衰え」である。
私の場合、最近になって「脳の中のメモ帳」が無くなった。
今まで「メモをとる」という事を敢えてしなかったが、本当のメモ帳が必要になった。
業務の中で、電話および会話の内容を頭の片隅に置き、必要な時間(日)に引き出すという事ができなくなったのだ。
ADDな私にとってメモ帳整理は苦手な作業の一つだが、PCが多少得意なお陰で何とか事務吏員として通用?しているといった状況である。
しかし、マイナスだけではない。今まで培った経験や知識が、若い頃には出来なかった事が確実にこなせるようになっている事もまた事実である。
だが、スポーツ界を見て、もう殆ど年下ばかりだということにふと気が付く。
ついこの前まで、原辰徳さんは巨人の4番だったはずだが、監督なんぞをやっているし、中日の立浪選手は「ガラスの十代」がテーマソングになるように、センス抜群の若手遊撃手だったはずだが、今や大ベテランとして代打の切り札などというポジションにいる。
もう、スポーツでは一線では無理な年代なんだろうな・・・何て思っていたら、伊達公子さんが颯爽の如く現れ、高校生や大学生相手に格の違いを見せつけていた。
「そうだ、僕たちはまだまだ若いんだ。体力では20歳そこそこの人達に劣るかも知れないけど、今まで積み上げた経験値とか、総合力では負けないぞ。」
勿論、絶え間ない努力あっての事である。
同年代の方々の多くが、伊達さんの活躍を見ながら様々な想いをはせたにちがいない。
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